DBER(ディーバー) とは、discipline-based education research の略称である。この用語に定訳は無い。その意味を正確に伝えようとすると、「学問分野に根ざした教育方法の研究」といった説明になるが、短めに「分野別教育方法研究」と訳すこともできよう(ワイマン著/大森他監訳 2021)。米国学術研究会議のDBERに関する報告書(NRC 2012)等が詳述するように、DBERは、学習科学の知見を採り入れつつ、各学問分野固有の専門性の習得に向けて、(学生がどこでつまずくか、真の理解に到達しているか等)当該分野の専門家しか為し得ない判断を行いながら、知識理解と応用力習得を促す教育方法の実践的かつ実証的研究である。

近年、DBERは、北米を中心に、物理学をはじめ、化学、生命科学、地球科学、天文学、工学等のSTEM諸分野で急速に発展している。米国では、DBERは、各科学分野における科学研究の一つの研究領域としての位置付けが確立し(例えば、物理教育研究は、物理学研究の一領域。)、様々な知見が得られている(NRC 2012)。例えば米国物理学会の声明(American Physical Society 1999)等に見られるように、 DBERを通常の科学研究と同等の研究活動として評価すべきことが、既に政策としては確立している。

他方、日本では、DBERという概念はほとんど知られておらず、ましてや科学研究の一領域、専門分野の研究と対等な研究であるという考え方が確立しているとは到底言えない。海外の進歩から大きく後れを取っている領域である(新田 2016)。こうした中、日本学術会議(2020)が「物理学における学問分野に基づく教育研究(DBER)の推進」を提言したことは、注目に値する。

さて、近年の大学教育改革は、学修成果を重視した教育の質保証を求めるが、政策・研究とも学修成果のうち学士力等に見られる汎用的能力を重視する傾向にある。しかし、学問を基盤とする大学教育において、学生が分野ごとの専門的知識技能を獲得することの重要性は言うまでもない。その具体的方法論が求められる。DBERによる学問分野別の効果的な教授法に関する科学的知見の蓄積・活用は、大学教育の質保証の観点からも、非常に大きなメリットがある。

DBERによるエビデンスに基づく教授法は、アクティブ・ラーニングの一種と言えるが、活動ありきによる学生の満足ではなく、知識・技能の習得に焦点を当てるものである。また、汎用的スキルを強調する教育学理論とは異なり、各分野固有の専門性の習得に向けて、受講生の知識理解を確かめ、応用の機会を与える。学生がどこでつまずくか、真の理解に到達しているか等の判断は、当該分野の専門家でなければ為し得ない。試験は合格(宣言的知識の暗記再生、公式通り計算等で解答)しても、当該分野の重要概念を理解していない、といった問題を克服しようとする点にDBERの真骨頂がある。

我々が刊行した訳書(大森他監訳 2021)の著者カール・ワイマン博士は、2001年ノーベル物理学賞受賞者であるが、物理学の最前線の研究を進める傍ら、1990年代から科学教育の変革の実践と実証研究に取り組み、近年のDBERの発展に特筆すべき役割を果たしてきた。同博士は、DBERは人文・社会科学でも有効なはずであると主張してきている。我々も強く同意する。現に米国等で一部の人文・社会科学系の研究者や大学レベルの取組も始まっている。DEBERから得られた知見として、効果的な教授法のエッセンスは、整理すると次のようになろう。まず、予習を課す(例:文献を読ませる)。次に、予習を前提に、授業時間中の学生の学習活動を設計する。そこでは、当該分野の専門家のような思考を実践させる。その際、専門家による即座のフィードバックが重要である。以上は、理系・文系を問わないはずである。

【引用・参考文献】

  • American Physical Society, 1999, “Research in Physics Education”, Statement Adopted by Council on 21 May 1999.
    https://www.aps.org/policy/statements/99_2.cfm
  • Deslauriers, Louis, Schelew, Ellen, and Wieman, Carl, 2011, “Improved Learning in a Large-Enrollment Physics Class”, Science, Vol.332, pp.862-864.
  • National Research Council (NRC), 2012, Discipline-Based Education Research: Understanding and improving learning in undergraduate science and engineering, Washington, D.C.: National Academies Press.
  • カール・ワイマン(著)/大森不二雄・杉本和弘・渡邉由美子(監訳),2021,『科学立国のための大学教育改革:エビデンスに基づく科学教育の実践』玉川大学出版部 = Wieman, Carl, 2017, Improving How Universities Teach Science: Lessons from the Science Education Initiative, Cambridge, MA: Harvard University Press.
  • 日本学術会議(物理学委員会物理教育研究分科会),2020,『提言「物理学における学問分野に基づく教育研究(DBER)の推進」』.
    提言本文: http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-t295-3.pdf
    提言のポイント: http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/kohyo-24-t295-3-abstract.html
  • 新田秀雄,2016,「研究領域としての物理教育」『日本物理学会誌』第71巻第1号, pp.40-43.
  • 大森不二雄・斉藤準,2018,「米国STEM教育におけるDBER (discipline-based education research) の勃興―日本の大学教育への示唆を求めて― 」『東北大学高度教養教育・学生支援機構紀要』第4号,pp.239-246.

 

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