近年、日本の科学研究の失速ぶりが明確になっている。明日の科学研究を育てるのは今日の科学教育であることを忘れてはならない。また、AIやビッグデータ等を含め、予想困難な時代において、科学リテラシーの高い市民を育成していくことのメリットは、計り知れない。さらに、STEM (Science, Technology, Engineering, and Mathematics)と呼ばれる科学・技術・工学・数学諸分野の教育は、知識経済におけるイノベーションを支える。

大学の科学教育がめざすべき第一の目標は何であろうか。それは、一言でいえば、学生が科学者のように思考できるようになることであろう。しかも、科学といっても、例えば物理学と化学では思考様式は同じではない。各分野には固有の専門性がある。その専門性は、理解の伴わない知識や解法の暗記によっては獲得できない。ところが、学士課程の授業は、教員による一方的な講義がまだ一般的で、学生にとって科学的思考の実践機会が少ないので、理解の伴わない暗記にとどまり、試験が終われば忘れ去りかねない現状がある。

本Webサイトの目的は、我が国において、こうした現実の変革に貢献するため、個々の授業変革や組織的な教育改革に挑む取組に資する情報共有の場を提供することである。科学立国のための大学教育変革の鍵となる概念が、DBER(ディーバー)と略称されるdiscipline-based education researchである。これは、各学問分野固有の専門性の習得に向けて効果的な教育方法のエビデンスを提供する実践的かつ実証的研究である。近年、DBERは、北米を中心に、STEM諸分野で急速に発展している。ところが、日本では、DBERという概念はほとんど知られておらず、海外の進歩から大きく後れを取っている(新田 2016)。詳細は本サイトの「DBERとは何か」という解説ページを参照いただくこととし、ここでは次のグラフ(下図)を御覧いただきたい。


図 経験豊富で学生の授業評価が高い教員による講義方式の授業(統制群)と博士号取得後まもないポスドク研究者によるエビデンスに基づく教授法の授業(実験群)それぞれの授業後のテストスコアの比較 (Deslauriers, Schelew & Wieman 2011 より)

上図が示すのは、『サイエンス』誌に掲載されたカール・ワイマン博士らの研究チームによる研究成果の代表例である。カナダのブリティッシュ・コロンビア大学の工学専攻の学部1年生を対象とする物理学の授業で行われた。教育経験の殆ど無いポスドク研究者によるDBERに基づく授業(実験群)が、学生の授業評価で高評価の教員による講義方式の授業(統制群)と比べ、顕著に高い学修成果を得ていることが分かる。実験群で採用された教授法は、学生にチャレンジングな問いや課題を与え、物理学者のような推論(結果の予測や根拠となる議論)を行うよう仕向け、頻繁なフィードバックを提供するものであった。DBERによるエビデンスに基づく教授法の有効性が端的に表れている。この『サイエンス』誌掲載論文は、ワイマン氏の著書の訳本(大森他監訳 2021)の日本語版特別付録として訳文を提供しているので、詳細はそちらをお目通しいただきたい。

本Webサイトは、科学教育あるいは広く大学教育において学修成果を高める効果的な教授法について関心をお持ちの各位に対し、有用な知見を提供することができると確信している。

【引用・参考文献】

  • Deslauriers, Louis, Schelew, Ellen, and Wieman, Carl, 2011, “Improved Learning in a Large-Enrollment Physics Class”, Science, Vol.332, pp.862-864.
  • カール・ワイマン()/大森不二雄・杉本和弘・渡邉由美子(監訳)2021,『科学立国のための大学教育改革:エビデンスに基づく科学教育の実践』玉川大学出版部 = Wieman, Carl, 2017, Improving How Universities Teach Science: Lessons from the Science Education Initiative, Cambridge, MA: Harvard University Press.
  • 新田秀雄,2016,「研究領域としての物理教育」『日本物理学会誌』第71巻第1, pp.40-43.
  • 大森不二雄・斉藤準,2018,「米国STEM教育におけるDBER (discipline-based education research) の勃興―日本の大学教育への示唆を求めて― 」『東北大学高度教養教育・学生支援機構紀要』第4号,pp.239-246.

【本サイト制作チーム】

大森 不二雄
東北大学 高度教養教育・学生支援機構 教授
松葉 龍一
東京工科大学 先進教育支援センター 教授
斉藤 準
帯広畜産大学 畜産学部 講師

【謝 辞】

本Webサイトの制作は、JSPS科研費 JP18H01028の助成を受けたものです。

〔参考〕JSPS科研費 JP18H01028の概要

・研究種目名:
基盤研究(B)
・研究期間:
2018年度~2020年度→2021年度へ繰越(コロナ禍のため)
・研究科題名:
学問に根ざした大学教育の学修成果向上のための教授法・人材・組織の一体的な開発研究
・研究代表者:
大森 不二雄 東北大学 高度教養教育・学生支援機構 教授
・研究分担者(肩書は2022年3月時点)
杉本 和弘  東北大学 高度教養教育・学生支援機構 教授
鈴木 久男  北海道大学 理学研究院 教授
小池 武志  東北大学 高度教養教育・学生支援機構 准教授
斉藤 準  帯広畜産大学 畜産学部 講師
中村 教博  東北大学 高度教養教育・学生支援機構 教授
石田 章純  東北大学 理学研究科 助教
松葉 龍一  東京工科大学 先進教育支援センター 教授

【本サイト運営体制】

科学立国のための大学教育変革センター(DBER Center)

代表世話人
大森 不二雄
世話人
松葉 龍一
世話人
斉藤 準
研究主幹
小池 武志

 

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